車を購入してから初めて乗車するまでの心境

私は車を運転するようになって5年がたちます。
県外の大学に進学して、卒業と同時にUターン就職をしました。

地元は生活するには車が必要なので、新車をローンで購入しました。
県外にいて車を選ぶ時間もなかった為、私の意見を聞いた父や姉が車を決めてくれました。

母と姉が同じ車種の車を乗っていたので、私も色違いになりました。

当時人気カラーだったアズキ色で、落ち着いた雰囲気で気に入っています。
運転席と助手席はベンチシートになるので、どちらのドアからでも車に乗り込むことができて便利です。

私は学生時代に免許を取得しましたが、就職するまで運転することがなく、ペーパードライバーでした。
その為、運転が苦手で勤務先までの通勤経路を毎晩練習をしていました。

練習に付き合ってくれた父、母、姉には感謝しています。
初めて1人で運転したときは緊張して音楽も聴けないくらい真剣だったのを今でも覚えています。

地元は毎年たくさんの雪が降るので、冬の運転は特に危険でした。
会社まで車で片道20分かかりますが、混んでいない時間に通勤したかったので、雪の日は1時間半前に家を出発していました。
1時間も早く会社に着いてしまい、会社でも1番でした。

会社の鍵が開いていない時間だったので、駐車場で時間をつぶしていた事もありました。
それでも無事に会社に着けたことの方が嬉しかったです。
雪道が凍っていて、ブレーキがきかない時はとても恐かったです。

ぎりぎり車がとまったので、ほっとしました。
現在も運転は得意ではないですが、最初の頃に比べたら上達したと思います。

もうすぐ車のローンが終わるので、これからももっと自分の車を大切にしようと思います。
初心を忘れずに気をつけて運転をしていきたいです。

愛しのパートナーミニカトッポと廃車でさようなら

免許を取って初めて買った車は、近くの中古車店で見つけた貨物タイプの三菱ミニカトッポでした。車が無いと不便な環境に越して、必要に迫られて取った運転免許です。

 

 

子供達もまだ小さくどこに出かけるのにも大変な思いをしていたので、手に入った時には本当にほっとしました。初めての自分の車という事でこの上ない嬉しさと愛着を感じた事は、今でも懐かしく思い出されます。

 

 

軽自動車ですが、後部のシートを倒してちょっとした広さが確保できるので、子供を乗せて家計の助けにとポスティングのアルバイトにも出ることができました。まるで保育室、また、揺りかごやベビーカー代わりの使い方です。

 

 

後ろのドアや窓を開け放すと、出かけた先でも子供達も私もそこそこ寛げるので重宝でした。仕事以外の時は、子供達の着替えやおむつ、おやつなどを積み込んで、あちこちの公園や遊び場、日常の買い物へと出ました。

 

 

トッポはいつも大活躍でした。シャワー代わりにペットボトルに水を詰めて、海にも出かけました。砂まみれの足を洗い流し着替えて一休みするのにも、トッポの荷台は丁度いい腰掛けになりました。

 

 

主人は仕事が忙しく普段はいつも留守だったので、私にとって、子守役も荷物運びも家族サービスもしてくれるトッポは正に助け手であり、もはや車の域を超えた、日常を共に過ごす愛しい子育てのパートナーでした。

 

 

だから、乗り回し過ぎた無理がたたったのか私の荒っぽい運転がいけなかったのか、調子が悪くなり、いよいよ手放さなければならなくなった時には大変悲しい思いをしました。

 

 

最後に皆で、思い出の一杯詰まった大好きなトッポでドライブに出ました。途中、公園の駐車場で主人が写真を撮ってくれましたが、皆、半べそでした。そんな写真が今でも家に残っています。

 

 

今でも、そのトッポは私の一番大好きな、愛しい車…パートナーです。

 

 

最終的に車を手放すことになってしまうと、廃車の手続きをするしかないですよね。

 

 

こちらが廃車の手続き

 

参考にしたのがこの廃車の手続き方法です。

 

 

車を持つメリットは、気軽に遠くに行けるようになって、自分の範囲が広くなるっていうのは新たな情報や自分を知るタイミングだと思います。

 

 

廃車のデメリットは行動範囲が狭くなること。しかし自分の小遣いが増えるメリットもあると思います。

 

 

理屈だけで廃車を語ることはすごく簡単ですが、他にもトータル的に考えることをおすすめします。

 

両親から就職祝いで軽自動車をもらった嬉しさ

大学生の頃に自分でお金を貯めて免許を取り、もうすぐ就職という時に両親に車をプレゼントしてもらえる事になりました。

 
ついに自分の車が・・・と嬉しくて嬉しくてたまりませんでした。
大学から帰って来ると可愛い赤いカラーの軽自動車が。

 
可愛くて嬉しくてストロベリーちゃんと呼ぶ様になりました。

 

 

まだ初心者の私を心配した両親が、まだ遠くまでは行かないで。

 

 

大学も車で行っちゃダメだよ。と言ってくれましたが、学園祭の時にどうしても車で行きたくなって、初めて大学までの遠い道のりをドキドキしながら、カーナビもないので地図を見ながらかなりの遠回りで行き、ウキウキしてまた帰ろうとすると、何と帰り道でよそ見をしたおじいちゃんに一本道の信号待ちで後ろから軽く追突されて警察に行く事になり、両親にばれてすごく怒られたのは懐かしい思い出です。

 

 

大学生の時の初めての彼氏と色々な所へデートに出かけたのも良い思い出。

 
UFOキャッチャーでとったぬいぐるみをたくさん飾りました。

 

 

社会人になって、色々な店舗へ転勤になってもいつもストロベリーちゃんと一緒。

 
辛くて休憩中にストロベリーちゃんに戻って泣いたり。
片思いした上司とドライブしたり。
職場が遠くて遠くて我慢出来ずに停車して寝た事もありました。

 

 

 

クラブで出会った年上の彼氏。
最初は浮気騒動があって遠い彼氏の家までストロベリーちゃんで飛んで行った事もありました。

 
大好きで、職場から彼氏の家まで60キロの道のりを高速で通ったり。

 
2人でストロベリーちゃんに乗って毎週色々な所へお出かけして、もうほとんどのデートスポットは行きつくしました。
旅行もたくさんして、写真にはいつもストロベリーちゃん。

 
彼氏も友達も仕事も、いつもいつも側にはストロベリーちゃんがいました。

そんな楽しい生活が10年、あっという間に過ぎました。

 
気がつくとかけがえのないストロベリーちゃんはもう、おばあちゃんになっていました。

 

 
お別れの時は悲しくて悲しくて、大学生からの思い出が思い出されて涙が出ました。

 

 

 

新しい車をお迎えして、ストロベリーちゃんの分まで可愛がってあげようと思いました。

 
その後すぐに、彼氏との赤ちゃんをお腹に授かり結婚しました。
これからも、新しい車とたくさんの思い出を乗せてドライブしたいと思います。

生活の一部である私の車!最低からのスタート

私の車は以前乗っていたミニカが後続車にぶつけられ保険とかで直せるのに父親がミニカは20万キロ以上乗ってるし、事故したイコール新しい未来のためにミラ買ったで!

と言って 私の了承も得ず知り合いの車屋から25万先払いで父親が今のダイハツミラを買ってきたのでした。

最初は まだミニカ乗れたのに勝手なことを〜とつぶやいて 新古車のミラを買われた事に対して憤慨してました。

そして そういうネガティヴさがあったためか当時ナンパで知り合ったソリがわあない子と 少しやらしい事を考えながら夜の雨のドライブしてたら 溝にハマり 反対側の窓ガラスが割れるトラブルにもあいました。

他にもスピード違反で捕まることもありました。

でも、そういうネガティヴな経験があったからこそ今は自分のミラを 前のミニカ以上に愛せるようになりました。

仕事は派遣先のスポットでのお仕事が多いので駅から離れてる場合があります。

さすがに電車からの徒歩では、とんでもない時間が かかります。
でもミラがあると 本当に 駅とか遠い仕事先にも難なく辿り着く事ができます。

更に、駅から遠い観光スポットも車さえあれば車中泊しながら目的地にも行けました。

特に、和歌山県白浜温泉は、和歌山駅から かなり遠いし不便な所ですが車があるからこそ、途中 コンビニとか寄りながら 無事に辿り着く事ができました。

ミラに愛着を持ってる理由として友人とか異性とか とにかく迎えに行ったりするのも車があるからこそ役立ってます。

ドライブデートはポイントが高いと思います。

ちなみに10月9には 出会い系アプリで知り合った方とドライブデートしますが車があるからこそ、海とか滝とか海沿いのカフェとか ゆっくり楽しめると思います。

デート一つとっても ミラという愛車があるからこそ流暢に行けるので感謝してます。